TALPKEYBOARD BLOG

TALPKEYBOARDは、自作キーボードのためのパーツやキットを販売するショップです。TALPKEYBOARD BLOGでは、当店で販売している商品に限らず、また自作キーボードにもこだわらず、キーボードについてのさまざまな情報を、当店の独断と偏見で記してゆきます。

Stratasys Objet500 CONNEX3(3Dプリンタ)と過ごした日々

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今回は3Dプリンタのお話です。とは言っても比較記事や使い方講座ではなく、私が2018年から1年と少し付き合うはめになった、巨大で高額な3Dプリンタの話です。

 

巨大3Dプリンタとの出会い

約2年前、北九州で官民共同のコワーキングスペースの立ち上げに携わりました。しかしファブという名前が入っていながらデジタル機器を誰も知らず、ピッチスタートアップと横文字を話す方々ばかりでしたので、開設の目処がついたタイミングで退職しました。自作キーボードを制作する上で、レーザー加工機と3Dプリンタを勉強したいと思っていた矢先、またしても北九州で官学共同のデジタル工房開設というお話があり、入る事となりました。今思えば企業誘致に必死な北九州にどこも乗っかってきた感じだったのでしょうか。

そのデジタル工房ですが、3Dプリンタとレーザー加工機と卓上CNCフライスなどの加工機材やモーションキャプチャ等計測装置類もそろえてあるし、施設もしっかりしている、機器管理だけで楽だと言われました。

まあ本格的な3Dプリンタを導入していると言っていたけど、たかだか地方大学と地方公共団体のプロジェクトなので、まあ高くてこれ位の3Dプリンタだろうなとたかをくくってました↓

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Ultimaker欲しい。

 

しかし現実はそんなに甘くありませんでした。国や地方公共団体の箱物行政という言葉を理解していなかった事がわかりました。

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これです。幅1400mm、奥行き1100mm、高さ1260mm、重さ430kg。隣の樹脂タンクは重さ80kg超。ストラタシス社のObjet500 Connex3という3Dプリンタでした。3種類の色や硬さの異なる樹脂を混合してベースに噴射、同時にUVランプで固化させてゆくという、インクジェット方式といわれる方式です。イスラエル製。そして価格は約5000万円。Ultimakerが100台。i3Mega2000台。2000台って。それが普通のオフィスの会議室みたいなとこに、カーペットの上にぽつんと置かれてました。

前任者は退職。今は一ヶ月短期の派遣社員の作業服きたおじさんが掃除しています。30年工場の配電盤を作ってきたけど、工場縮小でリストラされたそうです。北九州も製鉄所の高炉がなくなります、周辺の工場もなくなってゆきます。わかんないだろうなと思いつつ3Dプリンタについて質問したら、掃除以外わかんないんだって言われました。

やばい、絶対入るとこ間違えた、少なくともこいつは3Dプリンタ初心者の僕が最初にさわる3Dプリンタでは絶対にないと思ったのですが、いやまて、こいつを自由にさわれる機会は人生で最初で最後だろうと思いなおし、これさわってて給料もらえるんだし、自由にのんびりできそうだし、できなかったら辞めればいいしという気軽な気持ちに切り替えまして、操作と運用管理を独学で覚えてゆきました。

一応今までの仕事で工場設備、防火防災などは少しわかっていましたので、設置場所を安全な階下に移設し、電源も増設、冷却装置も導入など、半年ほどかけていつでも利用できる環境を整えてゆき、並行して利用方法とメンテナンスを覚えてゆきました

DMMさんがアクリルで使っている機材がこれの上位機種だったと思います。
巨大3Dプリンタの説明

さすが高いだけあって、一般的な3Dプリンタと異なる変な作りをしています。トレーサイズは幅490 × 奥行き390 × 高さ200 mmです。でかい。トレーは定盤みたいな厚さで平面がしっかり出ています。トレーはなにか傷のつかない金属で、なにか特殊なコーティングがしてあります。一般的なスクレーパーでがりがりやっても傷がつきません。外気温が動作保証温度を超えない限り、定着不良で造形物が吹っ飛ぶことはありません。プリントヘッドがX軸Y軸で動き、Z軸はトレーが下に下がってゆく作りです。

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このような形でトレーが下がってゆきます。動作時にはトレーの左にあるゲートが開いて、定期的にプリントヘッドの廃液などを流してゆきます。ケーブルやチューブがたくさんむき出しになっているのがアキラっぽくて、ちょっとかっこいいです。
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プリントヘッド

プリントヘッドは8本のノズルがついています。2個で対になっていて、3セットが樹脂用、1セットがサポート材用です。サポート材も樹脂でできていて、造形が完了すると舟和の芋ようかんみたいな色と柔らかさで造形物にへばりついています。ヘッドは30cm四方程度の大きさがあります。ノズルに接続されているチューブ、バキューム用のチューブなどが裏面にたくさんあって、なんかもう機械のバケモノのようでした。

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むき出しの配線ケーブルやらチューブだらけです。基板も見えます。これで完成品なのかしらというのと、これで約5000万円ってなんだよって思っていました。ちなみにこのヘッド単体も数百万との事でした。

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ちなみに樹脂のチューブの中はノズルからタンクの間、全て樹脂で満たされています。サポート材もしかりです。常時満たされている状態です。

ノズルには負圧がかかるようになっていて、運転停止時に樹脂が漏れ出すのを防ぎます。漏れ出すとそこで硬化が始まりますので、それを防いでいるのです。ですので、通常3Dプリンタの電源を落とすことはありません。電源を落とす際は、樹脂を完全に排出し代わりにクリーニング材を充填するというプロセスを踏まないと、チューブやノズルに残った樹脂が固着し、使い物にならなくなってしまいます。しかしこの停止処理のプロセスは3時間程度かかり、手がかかる代物なのです。

チューブを始めとした消耗品は定期点検の際にほとんど交換されます。どうも、メンテナンスフリーでずっと動かせる日本製品の考え方とは全く異なり、製品とメンテナンス費用はセットで、メーカーにより定期的に部品を交換して動かしてゆく考え方で作られています。メーカーサポートが切れて部品交換がされないものは、いつか必ずパイプの詰まりなどが発生して動かなくなるそうです。この下位機種がリースアップで放出されヤフオクで数万円で販売されているケースがあるのですが、ほぼ使えないそうです。

毎日やるべき整備点検もあります。ヘッドにある、不要な樹脂を掻き取るブレードの点検交換とヘッド周りの樹脂清掃です。清掃は拭いてあげるだけですが、ブレードは下の写真に映る微妙に小さいビス類を外して取る必要があります。めちゃくちゃ整備性悪いです。高いのに。ブレードは薄いカミソリの刃みたいな作りですが、曲がっていると造形物が変形したりぶっこわしたりします。ビスをトレーの下に落とすと取れないのでオンサイトサポートを呼ぶはめになります。お願いだからそこはメンテフリーで作れよと思っていました。

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樹脂カードリッジ

樹脂タンクです。樹脂カードリッジは一つ3.5kgあります。それが1つの樹脂ごとに最大2本入ります。ちなみに樹脂カードリッジの価格は1本20万弱、サポート材の価格は1本5万円程度だったと思います。桁が違います。

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そんな高額な樹脂カードリッジですが、さらに大変恐ろしいことに使用期限があります。樹脂の種類により異なりますが、およそ1年半から短いもので半年です。ですので樹脂買ったはいいけど使わなかったとなると、使えなくなって廃棄です。

使用期限過ぎてもばれなくない?使えるんじゃない?と思ってメーカーサポートに聞いたら、樹脂カードリッジにRFIDタグが付いていて、タンク側と通信して記録しているそうで、使用期限をすぎるとシステム上で弾かれてしまうとのことでした。

 

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プリンタ左側のフタを開けると、廃棄樹脂タンクが見えます。造形していなくても樹脂をチューブ内で固まらないように循環させています。またノズルから少しずつ樹脂がでますので、廃液は溜まってゆきます。造形時は随時ノズルを清掃しますので、廃液が溜まります。3ヶ月にひとつ、9リッターの廃棄樹脂タンクが満タンになる感じです。3.5リッターの樹脂カードリッジが1本20万とすると、50万位が消費されている感じです。

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3Dプリントサービスの中で、アクリル造形やフルカラー造形の出力サービスはかなりな高額ですが、その要因は樹脂単価が非常に高額であること、期限切れや排出されてしまう廃棄樹脂が出てしまうので、そこもコストに含む必要がある事、どうしても人が離れられないので人件費がかかる、そもそも機材が非常に高額、ということがあげられると思います。

 

巨大3Dプリンタの造形物

手をつくりました。無償公開されている筋電義手のパーツの一部です。

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このような感じで舟和の芋ようかんのようなサポート材が、トレーと造形物の間にすきまなく埋められます。舟和の芋ようかんのように柔らかく、スプーンでかきだせます。

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ここから造形物をきれいにしてゆきます。まずは舟和の芋ようかんのようなサポート材をとります。造形物を傷つけないようなものでかきとってゆきます。サポート材と造形物が触れていた部分は造形物表面にサポート材が食い込んでいるような状況ですので、細かいみぞなど全て、歯ブラシなどでよく磨いて落とします。

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プラスチックビーズの入ったウォーターブラストです。これで残ったサポート材を吹き飛ばします。何度か確認しながら取り去り、作業が終わったら造形物についたプラスチックビーズを洗い流します。

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こんな感じに仕上がりました。表面が荒れていたので全体的に磨いています。形状はかなり精度よいのですが、アクリルライクと銘打っているせいか、割れやすいという弱点があります。普通のアクリルより弾性に欠けます。もう一つの弱点は、光硬化型の樹脂であるために、時間がたつと劣化します。メーカーはプロトタイプ用と言っていますので、モックアップ、形状確認用という用途なのでしょうか。

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磨くの頑張りました。オレンジのトレーは市販品です。黒い樹脂も造形物です。

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巨大3Dプリンタとの別れ

出会って1年ほどでそこそこ使いこなせるようにはなりました。しかしこの機材への理解が進むほど、私が当初考えていた用途での利用は難しいなと思い始めました。

前述の通り全てのコストが非常に高いこと、形は精密だが強度と耐久性に欠けるということが決定的な問題でした。北九州という土地柄で、ここまで高額な費用をかけてプロトタイピングを行いたい方がいない、機械系の企業は自前の金属加工設備でプロトタイピングしてしまうので、わざわざ樹脂素材でという消極的な意見でした。そもそも北九州が製鉄から始まり、伝統的かつ衰退しつつある企業群ばかりという状況もあったのかと思っています。

造形物が精密だということでキーボードの筐体に利用できるのではとも考えました。確かに精度はとても良いものがでます。しかし先に記した経年変化の耐久性と割れやすいという弱点と、造形物の表面が微妙にざらつき、後加工がどうしても必要だということがわかり、無理だと判断しました。

メーカーに聞くと、磨きをかけたあとにクリアを吹いてプロトタイプやサンプルにしてとのことでした。そうであれば設定をしっかりと追い込んだFDMの3Dプリンタでの制作が費用も圧倒的に安く、弾性や剛性をフィラメントの材質の選択で変更できるという点で、メリットがあると思います。

という結論が頭の中に固まってきていたタイミングで、よくあるプロジェクトの迷走と運営業務の負荷が過大となりまして、そろそろ潮時かと思い、巨大3Dプリンタとお別れしました。

おそらくこのような費用がかかる3Dプリンタは特定用途以外は廃れてゆき、FDMの3Dプリンタがより主流になってゆくのかと思います。またこのストラタシス社が保有していたFDMの3Dプリンタに関する特許が失効してゆくと同時に低価格の3Dプリンタが一気に進化するように、どこかのタイミングで、このインクジェットモデルの特許が失効しはじめれば、光造形の3Dプリンタがまた進化するのではないかと期待します。

学んだ技術は今後に生かしづらいものになりましたが、3Dプリンタを1年半でここまで学ぶこともなかなかないですし、超高額な機材を一人でいじれる機会ももうないと思います。良い経験になったと思います。

 

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