

中国の若者のあいだで、就職難が深刻な社会問題となっています。こうした状況のなかで、副業や小規模事業に挑戦する若者が現れ、「スタジオ」なるものが次々と立ち上がっています。
要点
- 若者の就職難による副業・自営の増加
- 製造と販売のインフラ整備によるスタジオの急増
- キーボード分野はその代表的な事例
1. 若者の雇用難が生む新しい流れ
2025年時点で、中国の若年層の失業率は15%以上と報じられています。 大手企業の新卒採用も縮小傾向にあり、正社員の枠は限られているようです。
この状況が、副業や自営へと若者を押し出す力となっています。 「就職が難しいなら、自分でモノを作って販売する」――このシンプルな動きが、都市部の若者を中心に広がりつつあります。
2. 製造と販売インフラが背中を押す
深圳を中心とした中国の製造業は、世界的にも突出した生産集積地を形成しています。 部品の調達から加工、組み立てまでが狭い地域で完結するため、少人数でも短期間で試作品を作ることができます。 小規模チームでも製品化のハードルが低く、若者にとって「自分たちでもやってみよう」と思わせる土壌が整っています。
加えて、TemuやSHEINといった越境ECプラットフォームの普及が物流を後押ししています。 さらに、Amazon FBAを利用すれば海外販売も容易になりました。 生産したモノを世界中に届ける仕組みが身近になったことで、国内市場の需要不足を補う出口が確保されています。
3. キーボード分野での具体的な広がり
キーボード分野では、この10年ほどの間にいくつかの発展経路が見えてきます。 大きく分けると、①コミュニティやショップ発の商品が拡大したケース、②クラウドファンディングから発生したメーカー、③就職難を背景に急増したスタジオ、の三つが挙げられます。
3-1. コミュニティ/ショップ発の拡大:KBDfansとzFrontier
中国で最も早い段階から存在感を示したのが、KBDfansとzFrontierです。 KBDfansは「Keyboard Fans(キーボード好きの集まり)」から始まり、やがて独自キットや周辺パーツを開発・販売するようになりました。 ビジネスの中心は自社ECサイトでの直販であり、Taobaoのような大規模モールへの依存度は高くありません。
zFrontierはフォーラム兼ECプラットフォームとして機能し、グループバイ(共同購入)の拠点となりました。 この両者はいずれも、自社運営プラットフォームを軸とするモデルであり、「コミュニティ発→ショップ」という流れは、中国のキーボード文化の基盤を形成しました。
3-2. クラウドファンディング発のメーカー
次に目立つのが、クラウドファンディングを活用してメーカー化した事例です。 KeychronやLofreeがその代表例です。 クラウドファンディングで販売初期の勢いを得て、製品リリース以降は自社ECや海外Amazonで拡販する――この二段構えのモデルが特徴です。
3-3. 就職難を背景に急増する「スタジオ」
小規模スタジオの急増の背景には、若者の高失業率があります。 「就職が難しいなら、自分でデザインして販売する」という考えが広まりました。 深圳の製造インフラは小ロット生産に適しており、試作から量産までを短期間で進めることができます。
販売の入口は主に中国国内のECモールであり、とくにTaobaoが中心です。 ここで小ロットの製品を販売して実績を積み、その後zFrontierでのグループバイやKickstarterなどを通じて資金調達を行い、最終的にAmazonでの直販へ展開するケースが多く見られます。
TIPS:「スタジオ」という呼称の中国的背景
中国のキーボード界隈で「◯◯ Studio」と名乗るのは、「工作室(gōngzuòshì)=スタジオ」という文化的背景によるものです。 「工作室」は小規模なアトリエや研究室を意味し、個人や少人数の活動に適した言葉です。 「Company」よりも創造的な印象を与えることができ、海外向けにも「デザイン集団」として響く表現とされています。
4. 追い風と向かい風
スタジオを支えるプラットフォームとして、小紅書(RED)の存在が挙げられます。
小紅書は、中国の若者のあいだで人気のSNSアプリで、写真や動画を通じて自分の生活や購買体験を共有できるプラットフォームです。 コスメやファッションからインテリア、ガジェットまで幅広い分野の投稿が集まり、「発信の場」としてだけでなく、新しい商品やブランドを知る入口として機能しています。 近年はライブ配信やEC機能も強化され、インフルエンサーと購買行動が直結する「ソーシャルコマース」の代表的存在となっています。
一方で、対米関税や輸出規制などの外部リスクは高まっています。 米国市場では直送や低価格輸入が難しくなり、EUも通商防衛措置を強化しています。 こうした外的圧力は、スタジオにとって「販路をいかに確保するか」という新たな課題を生み出しています。
5. まとめ
中国では、新卒雇用の受け皿が弱まるなか、若者が副業や自営へと流入し、スタジオの増加につながっています。 キーボード分野はその代表的な例であり、個人や小規模チームがデザイン・製造・販売までを一貫して担う動きが定着しつつあります。
これは一時的なブームではなく、雇用構造と産業構造の変化が生み出した現象といえます。 今後も新しいスタジオが次々と生まれては消えていく動きが、しばらく続くと考えられます。