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TALPKEYBOARDは、2017年に開業したメカニカルキーボードパーツ専門ショップです。 このブログでは、パーツレビュー・製品比較・技術考察などを中心に、キーボードを楽しむための情報を発信しています。 一部の記事にはアフィリエイトリンクが含まれます。

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中国発メカニカルキーボードの供給構造と海外市場への展開|キーボードパーツショップの個人的備忘録

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中国発の独自ブランドを冠したメカニカルキーボードは近年、日本を含む海外市場で存在感を増しています。ゲームやリモートワークがその拡大要因の一つとして考えられることが多いのですが、実際には中国国内の製造構造や流通経路の影響も大きいのではないかと考えられます。本稿では公開情報などをもとにその構造を整理します。

あくまでも私個人の経験と見聞に基づく一つの整理ですので、読者の方々の認識とは異なる部分もあるかと思います。その点についてはあらかじめご理解ください。


要点

  • 下請けから OEM を経て自社ブランドを確立した中国メーカー
  • 広東省を中心に形成された製造クラスターの強力な供給力
  • QMK/VIA や SoC の普及による技術的障壁の低下
  • OEM や白ラベル展開による製品の多ブランド化
  • 中国国内市場での価格下落と供給過多
  • 越境 EC の拡大による日本市場での中国製品増加
  • 米国の de minimis 撤廃が流通経路に与える影響

1. 中国メーカーの歴史的な歩み

中国のキーボード製造業は、当初は欧米ブランドの下請けとして成長しました。大手 PC ブランド向けに汎用キーボードを受託生産し、その過程で射出成形、金型加工、基板実装といった技術や設備が整備されました。

2010 年代半ばに Cherry MX に関連する複数の特許が期限切れを迎え、中国のスイッチメーカーが Cherry MX 互換キースイッチの製造に本格的に乗り出しました。これらのメーカーはまず欧米市場への OEM 供給を通じて量産のノウハウを蓄積しました。さらに 2010 年代後半からは自社ブランドでの展開が進みました。下請けから OEM、そして独自ブランドへという段階的な歩みを経て、中国メーカーは自信をつけ、欧米ブランドに依存しない独立展開を進めていきました。


2. 中国キーボード製造の構造

現在の中国市場では、広東省に製造拠点が集中しています。例えばスイッチメーカーの Kailh、Gateron、TTC などはいずれも広東省の珠江デルタ地域に位置しています。この地域にはケースや基板を製造する工場も多数存在し、部材供給と組立が短距離で完結する産業クラスターを形成しています。

ソフトウェア環境では、QMK や VIA といったオープンソースのファームウェアが広く普及しています。さらに Nordic Semiconductor の nRF シリーズ SoC により、USB、Bluetooth、2.4GHz のいわゆるトライモード接続が低価格帯でも実装可能になりました。

また、OEM による複数ブランド展開も一般化しています。代表例として Skyloong GK61 は Epomaker や HK Gaming など複数のブランド名で販売されています。設計プラットフォームを共有し、ブランド名だけを切り替えて流通させる方式は、中国市場特有の供給構造といえます。これはキーボードに限らず、ミニ PC や周辺機器、ガジェットにもよく見られる手法です。


3 経済背景と供給過剰の構造

中国全体の経済環境を踏まえると、製造業における供給過剰は必然的な側面があります。近年、中国の不動産市場は恒大集団の経営破綻に代表されるバブル崩壊を経験し、住宅販売や建設投資が急速に減速しました。地方政府によるインフラ投資も縮小し、国内需要は以前ほど拡大していません。

一方で、製造業はすでに巨額の設備投資によって整備された生産ラインを抱えており、容易に稼働を止めることができません。ラインを止めれば固定費の負担が増大するため、需要が減少しても稼働を続けざるを得ない状況にあります。その結果、国内市場の需要を上回る生産が続き、結果として在庫の積み上がりが生じている可能性があります。

メカニカルキーボードは比較的技術障壁が低く、部材や基板の外注先も豊富であるため、新規ブランドや小規模スタジオでも参入しやすい分野です。そのため過剰生産の影響が現れやすく、中国国内での価格下落や在庫余剰が、日本を含む海外市場に越境 EC を通じて流入する状況が生まれています。


4. 中国国内におけるメカニカルキーボードの価格動向

市場調査会社のデータによれば、2024 年の中国国内におけるメカニカルキーボードの平均販売価格は 315 元(約 7,000 円)前後とされています。磁気スイッチや Rapid Trigger 搭載モデルであっても 100 ドルを下回る価格帯で販売される例が見られます。ここ数年で技術面の進歩は見られるものの、それを上回る速度で価格下落が進んでいます。これは、製造側の供給が消費側の需要を上回っていることを示す指標といえます。


5. 越境 EC と海外への流通構造

国際郵便を対象とした統計では、中国発の越境 EC 比率が 2023 年から 2024 年にかけて上昇していると報告されています。Temu や SHEIN といった中国発の DTC プラットフォームは海外市場で急速に拡大しており、日本を含む各国での存在感が強まっています。さらに Amazon では、中国系セラーが全体の 50%以上を占めているとの指摘もあります。


6. 米国の de minimis 撤廃と影響

2025 年 5 月 2 日、米国は中国および香港からの輸入に対して de minimis 規定(800 ドル以下の輸入品を関税免除とする制度)を撤廃しました。同年 8 月 29 日には対象が全世界に拡大されています。これを受けて Temu や SHEIN は米国内に物流拠点を設けるなどの対応を進めています。

現時点では、米国市場での規制強化により余剰在庫が日本市場へ直接流入していることを示す統計は存在していません。ただし、越境 EC 比率の上昇傾向を踏まえると、日本が、中国キーボードメーカーの製造過多による余剰在庫の流入先となる可能性は引き続き残されています。また日本でも de minimis 規定を見直す動きがあり、米国同様に国内物流拠点の設置を検討する企業が今後出てくる可能性もあります。


7. 今後注視すべき指標

今後の観察対象としては、中国国内における平均販売価格の推移、Amazon.co.jp における新規ブランドの流入と消失の頻度、そして Temu や SHEIN といった越境 EC の日本市場シェア拡大が挙げられます。これらを継続的に追跡することで、現在のキーボード市場における供給主導型構造の実態をより的確に把握できるのではないかと考えています。