高性能と利便性から昨今急速に普及したリチウムイオン充電池は、その高いエネルギー密度ゆえに、ひとたび異常が起きれば、発火や爆発といった重大事故につながる危険な部品です。
この記事では「なぜ燃えるのか」「何が燃えるのか」「どれほどの火力があるのか」という観点から、リチウムイオン電池に関する基本的な構造とリスクを整理します。
なぜ燃えるのか:短絡と熱暴走の連鎖
最も多い原因は短絡(ショート)です。これは、電池内部または外部で正極と負極が直接つながってしまう状態であり、数十アンペア以上の大電流が瞬時に流れ、ジュール熱が発生します。
過熱によって以下の現象が連鎖的に起こります:
- セル内部の温度が急上昇(数百度)
- セパレータ(絶縁膜)が溶融・破壊 → 二次短絡を引き起こす
- 電解液が気化し、密閉セル内の内圧が急上昇
- パウチセルでは外装が膨張し、最終的に破裂(ベント)
- 気化した電解液が空気と混ざり、スパークや高温部との接触で引火
このような現象を熱暴走(thermal runaway)と呼びます。
外部に明確な着火源がなくても、内部エネルギーだけで発火が起きるのが最大の危険性です。
🔗 参照元
・岡山大学「蓄電池過充電時の金属析出メカニズムを解明 ~発火事故防止に向けて~」
https://www.okayama-u.ac.jp/up_load_files/press_r2/press20200730-8.pdf
・NITE「事故情報収集・調査報告書」
https://www.nite.go.jp/data/000087970.pdf
何が燃えているのか:内部構成材の可燃性
リチウムイオン電池は、構造そのものが可燃物でできており、電池自体が火元になります。
主な構成要素とその燃焼挙動は以下の通りです。
燃焼対象 | 概要 | 発火・分解温度 |
---|---|---|
電解液 | 有機溶媒(EC, DMC等)。ガソリンに近い揮発性。 | 約150〜200℃で気化、300℃前後で自己発火 |
セパレータ | PE/PP製の絶縁フィルム。加熱で溶解・縮退。 | 約250℃以上で発火 |
パウチ外装 | 樹脂+アルミの積層膜。破損時にガス放出。 | 樹脂層は200℃以上で燃焼 |
バインダー・助剤 | PVDFやカーボンなど。分解時に可燃性ガス発生。 | 200〜400℃で熱分解反応が進行 |
参照元
・環境省「リチウム蓄電池等処理困難物対策集(令和5年度版)」
https://www.env.go.jp/content/000214935.pdf
・国民生活センター「リチウムイオン電池及び充電器の使用に関する注意」
https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20210318_1.html
どれくらいの火力があるのか:数百mAhでも室内火災に
市販されている500mAh〜1000mAhの小型LiPoバッテリーでも、次のような強力な火災リスクがあります:
発火時の火柱は1000℃を超えることもある
→ 近接する布・木材・プラスチックへの延焼は数秒以内に発生しうる電解液が霧状に破裂し、可燃性ガスとして広がる
→ 火花または高温部との接触で瞬間的に着火セルが破裂し、炎が飛散することで周囲に火元が広がる
→ 特にパウチ型セルでは、この傾向が顕著
NITEによる実験では、充電中のLiPoが発火し、数秒で布製チェアや木製デスクへ引火、炎と黒煙が天井まで到達する様子が記録されています。
参照元
・NITE「モバイルバッテリー『6.高温下に放置して発火』」
https://www.youtube.com/watch?v=8FjQs6e8omU
・NITE「電池・バッテリー『2.衝撃を受けたバッテリーパックの破裂』」
https://www.nite.go.jp/jiko/chuikanki/poster/kaden/01270102.html
火災が起きたらどうすべきか(鎮火方法と注意点)
リチウムイオン電池が発火した場合、その火災は通常の電気火災や油脂火災とは性質が異なり、消火方法についても明確な「標準手順」は確立されていません。 状況ごとに有効な対応が異なるため、ここでは公的機関や専門機関による共通見解に基づいて、実務的な原則を整理します。
火災発生時の基本対応(共通原則)
近づかない
発火初期には火花・可燃性ガスが激しく噴出することがあり、火源への接近は危険です。火花が収まってから消火
東京消防庁は「火花が収まってから消火器や大量の水で対応」としています。可燃物から遠ざける/延焼防止に徹する
火源を封じ込めることが難しい場合、周囲への延焼を防ぐ方が優先されます。119番通報し、専門機関の指示に従う
少しでも対応に迷いがあれば、自己判断せず通報してください。
消火器の使用
- 一般的なABC粉末消火器やCO₂消火器は、リチウムイオン電池の火災にも一定の効果があるとされています。
- 金属火災用のD種消火器が必要とされるのは「リチウム金属電池」の場合であり、リチウムイオン電池ではそこまでの温度には至りにくいとされます。
水を使ってもいいのか?
- 火花の収束後、通電が停止している状況下での大量の水使用は有効とする文献も存在します。
- ただし、濡れた床・配線との接触による感電リスクや再燃リスクも否定できないため、事前に十分な安全確認が必要です。
終息の判断と再燃リスク
- 完全に鎮火したように見えても、内部セルの再発火やガスの遅延噴出が起こるケースがあります。
- 安全な場所での監視、冷却、処分まで含めた対応を取るべきです。
参照元
・東京消防庁「リチウムイオン電池搭載製品からの出火が過去最多」
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/content/000042919.pdf
備考
このセクションは一般家庭・設計者向けの予防的情報であり、「消し方を覚える」のではなく「燃えない設計をすること」こそが最も重要であることを、改めて強調します。
まとめ
- リチウムイオン電池は、高エネルギーかつ可燃性材料を含んだ構造物である
- 発火の引き金は、短絡・過充電・物理破損など、ごくありふれた事象で生じる
- 小容量でも密閉空間や可燃素材があれば室内火災に至る火力を持つ
参照元
・東京消防庁「リチウムイオン電池搭載製品の出火危険」
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/lfe/kasai/lithium_bt.html
・消費者庁「暖をとる製品にもリチウムイオン電池が使われています!」
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/caution/caution_080/
次回以降は、これらの発火リスクが実際の事故・責任問題につながった事例や、頒布者・設計者がどのような責任を負う可能性があるのか(PL法や製造物責任)について整理します。
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